静夏堂

個人的考えのまとめ。主に音楽や本や映画とかアートとかについて

『ウォルト・ディズニーの約束』映画感想#2,読解 〆ネタバレ有り

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『ウォルト・ディズニーの約束』感想Part2および、自分なりの読解をします。

Part1は↓

 『ウォルト・ディズニーの約束』映画感想〆ネタバレ有り - 静夏堂

 以下ネタバレ有りです。

 

さて、プンプンしながら英国に帰ってしまったトラバース。
それにすぐさま追いかけたウォルト。
さすがのトラバースも驚きを隠せず、お茶と珍しくお酒を出して、ウォルトと語り合います。

ここでウォルトは自分の過去と自作に対する信念を話し、トラバースに最後の談判。
その執念にトラバースはついに旗を挙げ、今一度映画化許可にサインをする。

このシーンで、純粋芸術家たるパメラ・トラバースの姿勢と、大衆芸術家であるウォルト・ディズニーとの対比と相互理解が描かれているな、と感じました。


そして月日が経ち映画は完成し、トラバースもスランプから脱したのか、性格が自分と似ているから雇っているという秘書と共に、執筆に励んでいます。

ただ、映画の完成披露会への招待状が、ディズニーから届いてない。
ポーカーフェイスをかますもトラバースはすぐさま、そして自発的にカルフォルニアへ向かいます。
着くとあの運転手が出迎え、ウォルトとハニカミながらの再開。
そして『メリー・ポピンズ』の試写会が始まります。

あそこまで揉めに揉めあった末に出来上がった映画を、皆でついに観るわけです。
トラバースは眉をひそめつつも、いつの間にか夢中になって映画の世界に入り込んでゆく。

問題のアニメシーンにはやはり苦虫を噛み潰したような顔になって目を背けがちですが、真後ろに座るウォルトは微笑んでる。
そして、トラバースの父親がモデルであるバンクスが出るシーンで、彼女は泣き崩れます。

号泣するトラバースにウォルトは心配の声をかけますが、ここでも彼女は皮肉まじりに、しかし照れ隠しに返す言葉が「アニメのせいよ」。

これはこの作品の最大の見所で、映画史に残ってしまう程の名台詞ではないでしょうか。
一言では形容できない彼女の心境が、このシーンに全て描かれている。


そして物語は終わるわけですが、エンドロールで実際のトラバースやディズニーそしてスタッフ達の写真が映されます。
ここで自分は、トラバースのごとく、不覚にも涙してしまいました。
曲が終わって最後の最後に、これまた実際の会議録のテープが流れます。
彼女たちは本当に命がけで作品を作っていたのだ、という余韻を残して。

さて、物語の筋に沿って長く書いてしまいましたが、ここから軽い読解を。

 

●命がけでモノ創りをする人々

まず本作なにより、「モノを創る」ということに超本気でそれ以外眼中に無く、それこそ命がけと言って良いほどの人々が描かれています。

これは昨年の『風立ちぬ』や、古くは『アマデウス』といった作品と共通する点だと思います。

ただ、本作がそれらと違う点は、主人公トラバースだけでなく、ディズニーを始めとするスタッフ達、そして運転手にも焦点を当ていること。

そして、偉大な作品を生み出してしまった事への呪いと贖罪、そして祝福と救済が描かれた物語でもある(後者は『アマデウス』には無いに等しいけど)

●純粋芸術家 VS 大衆芸術

また先述しましたが、「純粋芸術家」と「大衆芸術家」との対比が読めます。

トラバースが徹底して冷淡で皮肉屋で偏屈な作家として描かれているのは、ステレオタイプな芸術家だから。
対して、誰にでも笑顔を絶やさず新興芸術たるアニメーションで大衆から支持され世界を制したウォルト・ディズニー。(ただし、実際のウォルトの性格は恨み深く、これが後のディズニーの執拗なまでの著作権への厳しさの要因になります)

そのため対峙することになるのは立場上、当然です。

キャピタリズムと父親

そしてトラバースは、キャピタリズムの中心地たるアメリカで、名文学を題材としたアニメという低俗なもので財を成したディズニーに対して訝しさを覚えている。

これは、トラバースの父が、銀行員という仕事で疲弊しアル中に陥って死んでしまった、という事に起因すると思います。
つまり、父は資本主義社会の波にのまれた犠牲者であった。

父親、というのは両者にとって深く複雑な影響を与えたというのが暗に示されます。
特に2人が初対面する場面が分かりやすい。
ウォルトはディズニーと呼ばれることを極度に嫌います。
なぜなら、それは父親の名前だから。
対して、パメラは断固としてその名前で呼ばせず、トラバースと呼べと執拗に要求する。
なぜなら、トラバースというのは父親の名前だから。

 ●英国への複雑な憧れ

次に、トラバースのアメリカへの蔑視と、イギリスへの憧れと劣等感という複雑な心情が垣間見れます。
前者は先述に記した通りですが、後者は彼女の出自に起因すると思います。
パメラ・トラバースは英国在住ですが、本名はヘレン・リンドン・ゴフといい、オーストラリアで生まれ育ちました。
また父はアイルランド人、母はスコットランド人という血筋。
オーストラリア人のアイデンティティとしてイギリスへの憧れと同化意識は強い、とよく聞きます。
突っ込んだ言い方をすれば、英国かぶれとも取られてしまう。

トラバースも例外でなく、劇中では紅茶にこだわって飲み、またホテルにあるブリティッシュ・パブのようなバーを入りたそうに眺めている。
2回目のシーンにしてやっとそのバーに入るも、お酒は注文せずそこでも紅茶を頼む、というズレたこだわりっぷりを見せます。

とまあ、こんな感じに自分は読めました。

ただひとつ指摘、というか納得できないのは、喫煙シーンが皆無に等しいこと。
1960年代という皆がプカスカと吹かしていた時代、そして何よりウォルト・ディズニーが愛煙家であったのにもかかわらずです。

自分が確認しただけでも、灰皿が写ったのは4カットほど。
申し訳程度にウォルトが愛煙家である事を示すシーンがあるのですが、煙を吹かさず灰皿にギュッと消す程度。

いくらアメリカで喫煙シーンへの規制が厳しくなっているとはいえ、これではリアルティ不足に陥ってしまう。
風立ちぬ』をお前らもう一回見直せよ!と製作陣に言いたくなりました。


そこら辺は譲歩しつつも、ここまで書いてしまうほど本当に良い映画でした。
ポスターにも描かれてるように、ウォルトとトラバースの影がそれぞれミッキーマウスメリー・ポピンズであるというのも粋で好きです。

 

 

風にのってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫)

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