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静夏堂

個人的考えのまとめ。主に音楽や本や映画とかアートとかについて

『ヨーロッパ思想入門』読書感想文1 σギリシア編

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                                (ラファエロアテナイの学堂」)

ーロッパで生まれ育った思想を総意として知っておく、というのは「西洋文明の英知を受け入れ近代化を達成し、いつしかそのレールの最先端を走ることを担わされた日本」で暮らしている以上、重要だと思います。
そこで『ヨーロッパ思想入門』という本は、題名通りその基本をおさえる門口として最適です。

ヨーロッパ思想入門 (岩波ジュニア新書)

ヨーロッパ思想入門 (岩波ジュニア新書)

 

岩波ジュニア新書から出されていることから、西洋思想の根本の元から丁寧に書かれています。

ただし、それでも咀嚼する力がかなり求められ、出版社が想定している読書層すなわち中高生には結構辛いでしょう。というか、大学生から社会人でもしんどいかも分かりません。

(ついでに書くと、岩波書店のたとえ子供でも知識層に読んでもらえば良い、という時代錯誤なエリート意識には鼻をつまみたくなります。特に岩波文庫から出ている古典などは、字体や文字の大きさを現代風に改めずその上、著作権なんて無い時代の遺産を売ってるくせして矢鱈値が張る、という殿様商売気質もいただけない)

まあそこら辺は譲歩しても、一読の価値はあると思います。

本書は三部構成になっているのですが、一部はギリシア思想で二部にヘブライ思想と、すなわち西洋思想の二大基盤になったものに大半の紙面を費やしています。
この二つが絡み合って形成されたその後の西洋思想とは、それらを分解と展開したにすぎない。
だから、三部にあたる紀元後の西洋思想は俯瞰的で足早に記す程度に留めています。

今回は本書を参考に、第一部にあたるギリシア思想の三大巨人について軽いまとめをします。
(第二部、第三部は機会があればまた書きます)

α ソクラテスはなぜ牢獄から逃亡しなかったか

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ソクラテスは「善」の探求をしつくした人です。

それは自然学的な方法ではなく、公共の場にて人々との対話によって導き出すという手法(産婆術)を取りました。
それは終わりなき対話であり、信仰であるとさえ言っても良い。
すなわち、ロゴスを究極の根拠に置いた。

ロゴス(言論)信仰者の彼は、だから脱獄を拒否する。
たとえそれが悪法であっても、定められた国法に則って従うのが、彼にとっての「善」であったのです。

その行動はソクラテスの思想に基づいており、「善く生きる」には不正に対する仕返しは絶対にしてはならない。
それまでのギリシア人の倫理観には「敵を徹底的に攻める or 復讐」があり、それは名誉であり賛美されるものでした。

しかしソクラテスは上記のように、そんなのは「善」に反するという。
全ての知識の基盤には「善」という認識がコンセンサスとしてなくてはならない。

また理論ではなく実践の優位。

これは革命的な思考の転換であり、今まで自然界への考察すなわち外に向かっていたのが、自己自身という内に目を向け始めたといいます。
これをもって「哲学は天空から人間界へと呼び降ろされた」と共和制ローマ期の人キケロは記し、人生と善悪、すなわち倫理を問題とする事が可能になった訳です。

β プラトン・文武両道かつ哲学を持たぬ者は支配者に値せず

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プラトンという名は実は、あだ名です。

レスリングをしていたプラトンは肩幅が広かったらしく、それを意味する言葉「プラトン」があだ名され、そのまま定着したそうです。
日本人であれば「ヒロシ」となるのが面白かったりします。

さて、師ソクラテスが悪法によって死刑に処せられた事に対して、弟子プラトンアテナイという国家の腐敗した政治へと着目します。

その腐った政治を変えるには、国家そのものの体制を変革せねばならない。
そしてそれは国家の中身たる市民各自の精神を鍛えることによってのみ、可能となる。
これは現代に至るまで連綿と続く浸透した国家・政治観です。

で、その国民の精神の研磨には理性が絶対であり、国民を三つの階層に分け、それらに属する人々が己の役目を全うし全体が調和を奏でて活動するとき、はじめて正しい国家となる。

「哲学者が支配するか、支配者が哲学するか。いずれかでなくては、国難に陥る」というのがプラトンの国家観と思想の全てであり、また師ソクラテスに対する返答でもあるのです。
そして、その哲学の根本には何が必要かとなると、かのイデア論が登場する訳です。

ちなみに彼はその思想に基づいて、特権階級のみ芸術を鑑賞するのを許しました。
逆にそれ以外の層が芸術に触れるのは、有害で精神を不純にさせる。

だから現代のRockひいてはノイズ音楽などをプラトンに聴かせたら、どんな反応をするだろう、と自分は思ったりします(多分、パニックに陥り狂人と化すでしょう)。

γ アリストテレス・諸学問にコンクリートを打ち込んだカテゴライザー

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あれこれと深く掘り下げていったギリシア哲学のまとめとして、アリストテレスが登場。
彼によって、体系的な哲学がはじまり、ようやっとヨーロッパ哲学の第一基礎を固めたことになります。

三代将軍家光が幕府権力を固めたが如く、ソクラテスの孫弟子にあたるアリストテレスは徹底してカテゴライズし諸学の礎を築いた。
建築で例えれば、基礎工事の最終段階である枠組解体と土間コンクリートを打ち込んだと言えます。

話が飛ぶのですが、20世紀の音楽家にフランク・ザッパという人がいます。

彼は自身の音楽のジャンル化を拒みました(ジャズの帝王、マイルス・デイビスも同じ見解をしています)。
なので、アリストテレスが徹底したこのカテゴライズについて思う時、自分は彼らのことが頭をよぎります。(逆もまた然りです)

ω 彼らが現代に蘇ったら

とりあえず、このギリシア三大哲学者を軽くまとめてみましたが、本来ならソクラテス以前の思想とその背景についても把握しなくてはなりません。
そこら辺の事も『ヨーロッパ思想入門』はしっかり抑えています。


さて、もしこの3人が現代社会を観たら、何を思うでしょう。
たぶん、異口同音にこんな事を言うはずです。

「オレたちが命がけであれこれ考えてから2千年以上経っているつーのに、人間なんて何一つ変わって無えじゃないか。むしろ、馬鹿が増えてるじゃんッ!お前ら、パワー足んねえよ!……よし、じゃあここはひとつ、今一度探求しみよう!」

人間の性質というのはこれから先も変わらないだろうし、その本質に対する答えというのも恐らく出せないでしょう。そんな悲観視をしつつも、彼らは勇ましく考察に挑んてゆくはずです。
時代が移ろうが、変わらないであろう彼らが示したその姿勢に、自分は中身以上に見習いたくなります。

2千年以上の間に刻まれた、膨大なロマンと記憶に触れあいながらの思索とはどんなものだろうか、と想像を巡らすのもまた面白いものです。