静夏堂

個人的考えのまとめ。主に音楽や本や映画とかアートとかについて

13年ぶりの葬儀に参列して

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                                         (Photo by szk 2014/04/13)

先日、さるお方の告別式に参列しました。
曾祖母が亡くなって以来の葬儀で、自分にとっては13年ぶりのことです。
当時の自分は小学生であったので成人してから初めての弔いであり、同時に肉親以外では初めてのものでもありました。

実を言うと、その方とのお付き合いは1年半ほどで、また面と向かってお話した機会は数える程度しかありません。
定期的に行われていたあるイベントへ初めて足を運んだ時にお会いしたのが最初で、還暦を過ぎながらもDJをされていたその姿を見て「こんな人が居るんだ」という驚きが第一印象でした。

自分は基本的に人見知りで、また人が密集した空間で孤立してしまう状況がとても苦痛です。
その時もやはりそんな心境で、お喋りや踊りを楽しくしている人たちを横目にポツンとしていました。
そんな姿を目にされたのか、その方はドリンクを自分に差し出し挨拶しに来て下さり、夜の場特有のネタを入れつつも丁重な話方をされ、こちらの緊張をほどいてくれました。

その後、まだまだそんな場が不慣れな自分だったので、間を開けての顔出しだったのですが、その度に「りっちゃん、りっちゃん、おいでおいで!」と呼んでくれては気さくに接して下さり、ベテランの腕が光るDJプレイもお話も楽しませてくれました。

最後にお会いしたのは昨年の秋頃です。
それから冬にかけて色々事情があり再びイベントに顔を出せなくなった自分が、今年に入って落ち着き足を運ぶと、その方は今入院されているというのを耳にしました。
詳しい症状までは知らず、元気溌剌なお姿しか印象になかったので、またすぐ復帰してお会い出来るだろうと楽しみにしていました。

そんな矢先の、突然の訃報。

それを知った時、自分はショックだとか言葉を失ったというより、最初にお姿を拝見した時の驚きに似た、でもやはり違うものを感じました。
ありきたりな表現ですが、「少し前まであんなに元気だった人が、こんな簡単に亡くなってしまうんだ」というのが正直な所でした。

お付き合いの関係が他の方々と違って浅い自分が行っても良いのだろうかと躊躇しながらも、斎場へと足を運びました。
礼服というものを持ってなかったので、父親から借りた一回り大きいのを身に着けながら。

冒頭に述べた通り13年ぶりのこのような場なので緊張しつつも、実感が沸かないまま淡々と式を眺めていました。
悲しい気持ちは当然ありましたが、涙腺が緩むまではいかないかもしれない、と正直思っていました。

「I Say a Little Prayer」などが流れるお別れの儀で、花を手向けて安らかに眠られているお顔を拝見した時、雫が自分の頬を伝っているのに気付きました。
「なぜだか分からない、いや分かってはいるけど何で勝手に流れてきているのか分からない」、といった感じの涙。

いつからか、「無感動になった奴」と言われ自分自身もその自覚があり、笑うことは日々あってもこのように勝手に涙が溢れるということは、もう何年も無かった。

尖った氷柱が溶けて雫がこぼれ落ちるような。

人間の涙というのは、決して操れるものではありません。
泣こうと意識して涙を流せるのは長けた俳優以外簡単に出来るものではないし、またそれは演技です。
本当の涙とは、頭では処理が追い付かず無意識に勝手に、本当に勝手に流れて来てしまうものだと、自分はその時実感として知りました。

告別式の後、2時間ほどして葬儀場近くにあるその方が行きつけであったという、カフェ&バーのような所で精進落しに当たるであろう偲ぶ会があり、自分も参加させて頂きました。

偲ぶ会といっても、生前湿っぽい話が嫌いであったその方に配慮して、DJパーティーに近い明るいものでした。
著名な音楽家の方を始めとして皆さん早速、お店にあったレコードを回し始め、それは各自その方に対する哀悼の意を込めたものでした。
お酒が沢山振る舞われ、リズムに合わせてはお喋りし、中には上半身を脱いで半裸でDJしたり踊ったりする人もいたほど。

でも、やはり目には涙が浮かんでいる。
イベントでよくかかっていたという、とても明るい曲が流れては、むせび泣きながらの合唱。

笑いながら泣きながら、というのは正にこういう事を指すのでしょう。
それは人類が死者を見送るための宴をはじめた太古のそれと変わらないであろう、とっても人間臭くて素敵な光景だったと思います。

その場の中で、その方と共有した時間が最も少ないであろう自分はそれを目にし、こんなに愛されている人が居たのだとかこのような場に居合わせることが出来た嬉しさとか、様々な想いが入り混じって胸がつまり、再び涙が止まらなくなりました。
それは嗚咽に近いもので、その時もなぜそうなっているかよく分からない。
いまこうやって文章化してはいるものの、それでもとても抽象的な感じがします。
普段自分が口にしたくない言葉であるのですが、あえてするならそれは「感動」に近いものだった。

誤解を恐れずに書きますと、その方とお付き合いが深かった方々の涙と、自分のとは多少ニュアンスが違ったかもしれません。
もちろん上記に書いたようなのと重なる部分が大半なのですが、自分とは刹那に近い程度の関わり合いであったはずなのに、こんなに胸がつまってしまった。

 

それはひとえにその方、平林伸一さんという人が、たとえ付き合いが短く少ないものであっても、瞬間瞬間の密度を大事にされ楽しませてくれたが故です。
そんな人と若い時に出会えたのは本当に幸福であり、こんな大人になりたいと面と向かって思わせてくれた最初の人だったのだなと、今更ながら気付きました。

平林さんは実際の家庭を持たれなかったようです。
だけど、普通のそれより何十倍もの数と愛で満ちた家族親族を築きました。
その中の1人に自分が含まれても良いのだと胸を張って思えるのは、矜持であり、そして感謝の想いでいっぱいなのです。