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静夏堂

個人的考えのまとめ。主に音楽や本や映画とかアートとかについて

『ハンナ・アーレント』読書感想文

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ンナ・アーレントの再評価ブームが見受けられます。

2012年にはアドルフ・アイヒマン裁判時の彼女を描いたのが映画化され、去年(2013年)は日本でも公開されて、キネマ旬報のベスト3を取るなど評判であったといいます。

(ちなみにこの映画、諸事情で自分は未見です。調べてみると、まだ公開している所があるらしく東京では早稲田松竹でやるそうで、観にゆく予定です。映画「ハンナ・アーレント」オフィシャルサイト「劇場情報」。ホントなら、小箱の劇場だけでなくシネマ・コンプレックスでやって欲しいものですが)

 

昨今のアーレント・ブームの要因はよく分かりませんが、おそらく政権交代からの一連の公的な流れ(集団的自衛権憲法改正など)や、パラダイム・シフトに直面している現代で労働や生き方等どうしてゆけば良いかと考えさせられる機会が多いから、では無いかと思います。

アーレントの著作はほとんどが翻訳されており、解説書や評伝もかなりありますが、最近、中公新書から出た矢野久美子著『ハンナ・アーレント』を読んだので、その感想とアーレントについての軽い所見を記しておきます。

 

ハンナ・アーレントについては前々から興味が有り、ちらほらと眺めてはいたものの、著作を熟読する機会には恵まれていませんでした。

なので、まずアーレントとはどんな人間でどんな人生を送ったのか、その思想とは何だったのか、という基本を抑えるために本書を手に取りました。

一言で表すと、非常に読みやく、かつ読み応えのある書です。

アーレントの思想よりは人生に焦点を当てており時間軸にそって進んでゆくのですが、彼女の思想がどのように育まれてどのように発表さたか、またどのような反響があったのかなど、概略的ではあるものの包括として抑えられます。

 

ハンナ・アーレントとは、20世紀という時代だからこそ、というかその世紀を分析するが為に生まれて来た哲学者だと思います。

20世紀の二大女性哲学者を挙げろと言われたら、フェミニズム運動の理論的旗手にしてサルトルの妻でもあったボーヴォワールと、この政治哲学者アーレントがおそらく列挙されるでしょう。

本書に記されている通り、彼女のその波乱に満ちたドラマチックな人生についてはよく知られています。

20世紀初頭、ドイツにてユダヤ人家庭に生まれ、才女として育ち、学生時代にはベンヤミンヤスパースなかでも愛人関係にまでなったハイデガーといった数々の知識人達との交流、ナチスが勢力を振るい始めた頃には亡命し、拠点をアメリカに移してからは賛否両論が巻き起こる著作を次々に発表し、晩年まで教壇に立っては思索を行い続けた、その人生。

先述したように、極めてドラマチックでその人生を描くだけでも良い映画になるでしょう(で、実際に映画になりましたが、さてどこまで描かれているのでしょう)。

彼女の著作と思想を大まかに眺めると、戦争と革命の20世紀という歴史への分析と考察、そして人間そのものの存在意義についてであると思います。

1951年発表の『全体主義の起原』では、題名通り20世紀前半の歴史を決定付けた全体主義とは何かが考察されていますが、これが1945年の第二次大戦が終わってから6年という歳月で書かれたというのがまず驚きです。

というか、だからこそ書けたのか。

彼女の場合、この「だからこそ」が大きいと思います。

20世紀初頭のドイツでユダヤ人として生まれ育ったからこそ、ナチスの興隆を目の当たりにし亡命したからこそ、赤狩りと人種差別と戦争への加担が渦巻く実験国家たるアメリカに移住したからこそ、そして何より女性であったからこそ、ここまで巨大な思想を描けたのではないか。

 

58年作の『人間の条件』では、人間の活動を「労働」「仕事」「活動」という3つに分類するという画期的な分析を行いました。

本書でも記されていますが、なぜこのような分析が出来たのかとアーレントに尋ねた所、「まず、そんな質問をするのは男だけ」と言っては「キッチンとタイプライター」と語ったらしく、それはすなわち彼女の日常生活を通して生まれたわけです。

 

そして個人的に1番興味深いのは、『革命について』の考察と連動して行った『イェルサレムのアイヒマン』への分析と指摘。

ユダヤ人大量殺戮の行政的指導者であったアドルフ・アイヒマン。

逃亡先のアルゼンチンで逮捕され、彼を裁く裁判が建国してまだ十数年のユダヤ人がつくった国家イスラエルイェルサレムの地で行われた訳ですが、アーレントはそれを記録し、「そもそもこの裁判自体は成り立つのか」、「肉眼で見てはどうみても大量殺戮の判を押したとは思えない小役人たるアイヒマン、その彼から見える思考停止について」、「何より、誰しもがアイヒマンになる可能性を内包している」という指摘をしました。

その報告と著作は、賛否両論の嵐を呼び、特にユダヤ人からの「裏切り者」といった抗議文は、文字通り部屋一杯に押し寄せたと言います。

そんな抗議に対しても彼女は真摯に受け止め負けじと反論するのですが、旧来の友人たちからも絶縁されたというのは、そんな抗議とは違った意味でとても辛いことだったでしょう。

恐らく、彼女の人生で最も反響を起こした瞬間であり、スタンフォード監獄実験やミルグラム実験といった後の学術に影響を与え、現代人が、そしてこれからの人類にも突き付けられ得る指摘を投げかけた訳です。

本ブログでも度々記していますが、自分を見失いがちで繋がりを過度に求める世の中になったと言われ何よりネット社会になった今、「公私」についてもっと考えるべき事柄であると思います。

その際、考察の大きな一助となるのがアーレントの思想でしょう。

また個人的には、その巨大な思想もさることながら、多くの偉大な人間の例に漏れず、強靭な意志と態度を終始貫き通した彼女自身のその姿勢と生き方に、敬服し私淑してしまいます。